個人事業主として事業を継続していく上で、事業活動に伴うリスクへの備えは非常に重要です。会社員とは異なり、個人事業主は事業上のトラブルや損害が発生した場合、その責任や経済的損失を原則として自身で負うことになります。
本コラムでは、個人事業主が事業活動で直面する可能性のあるリスクに焦点を当て、具体的にどのような損害保険があるのか、また加入後の保険料の経費処理や、保険金を受け取った際の税務上の取り扱いといった、事業を営む上で欠かせない実務知識についても解説します。
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1. 個人事業主が事業を守るために損害保険が必要な理由
個人事業主は、事業活動中に発生したトラブルや損害に対し、すべて自己責任で対処しなければなりません。これは、企業のように組織全体でリスクを分担したり、資本で損失を補填したりすることが難しいことを意味します。そのため、万が一に備え、リスクを保険という形で外部に分散させることが不可欠です。
1-1. 自己責任で負う事業活動上の「賠償」と「財産」リスク
個人事業主が損害保険で備えるべきリスクは、主に以下の2つに大別されます。
1. 第三者への賠償責任リスク
- 顧客や取引先、一般の第三者に対し、事業活動が原因で損害を与えてしまった場合の賠償責任です。例えば、納品したシステムに欠陥があり顧客に損害を与えた、作業中に誤って高価な什器を破損させた、といったケースが想定されます。
2. 事業用資産の損害リスク
- 事業に使用している店舗、事務所、設備、什器、商品在庫などが、火災、自然災害、盗難などによって損害を受けた場合の経済的損失です。
これらのリスクが発生した場合、賠償額や財産の再調達費用は数百万〜数千万円規模に及ぶ可能性もあり、個人の資産だけでは事業の継続が困難になる事態も想定されます。
1-2. 備えるべき3つの具体的な事業リスク
個人事業主が損害保険を通じて対策を検討すべき具体的なリスクは以下の通りです。
- 第三者への賠償責任リスク
- 事業用資産の損害リスク
- 事故や災害による事業休止・利益の損失リスク
これらのリスクは業種によって発生頻度や深刻度が異なります。例えば、店舗を持つ事業者は「事業用資産の損害リスク」が、IT系のフリーランスは「第三者への賠償責任リスク」のうち特に情報漏洩リスクが高まる可能性があります。
2. 個人事業主向けの損害保険【種類別解説と費用相場】
個人事業主向けの損害保険は多岐にわたりますが、ここでは事業活動に不可欠な主要な保険種類と、それらを包括する保険について解説します。
2-1. 第三者への賠償に備える保険の種類と選び方
賠償責任保険は、事業活動で最も大きな経済的ダメージにつながりかねない、第三者への損害賠償に備える保険です。業種によって、必要な補償のタイプが異なります。
| 保険の種類 | 主な補償対象 | 想定される個人事業主 |
|---|---|---|
| PL保険(製造物責任保険) | 製造・販売した製品や提供した飲食物の欠陥が原因で、他人の身体や財産に損害を与えた場合の賠償責任 | 製造業、飲食物販売業、EC(ネットショップ)運営者 |
| 請負賠償責任保険 | 建設、工事、清掃などの請負業務遂行中に、誤って他人の身体や財産に損害を与えた場合の賠償責任 | 建設業、一人親方、電気工事業、設備工事業、清掃業 |
| 情報漏洩賠償責任保険 | 個人情報や機密情報が漏洩したことによる損害賠償責任、謝罪広告費用、コンサルティング費用など | ITフリーランス、Webデザイナー、士業、コンサルタント、顧客情報を扱う事業者全般 |
| 施設賠償責任保険 | 所有・使用・管理する施設(店舗や事務所など)の欠陥や管理不備が原因で、他人の身体や財産に損害を与えた場合の賠償責任 | 店舗や事務所を構える事業者全般 |
これらの保険は、個別に加入することも可能ですが、後述の「事業活動総合保険」のように、必要な補償をまとめて契約できるプランも存在します。
2-2. 事業の「モノ」を守る火災保険・店舗総合保険
事業で使用する建物や、その中に収められている設備、什器、在庫といった資産を守るための保険です。一般的に「火災保険」という名称が使われますが、実際には火災だけでなく、落雷、風災、水災、盗難、破裂・爆発といった多様な災害・事故による損害も補償の対象に含まれます。
- 事業所・店舗、高額な設備・什器、在庫などが補償対象です。
- 自宅の一部を事務所として使用している個人事業主の場合、保険の目的(建物や家財)を事業用と生活用に按分して契約する必要があります。家事按分の割合は、経費処理とも密接に関わるため、慎重な検討が必要です。
2-3. 包括的な補償が可能な「事業活動総合保険」のメリット
事業活動総合保険は、上記で解説した賠償責任リスク、事業用資産の損害リスク、そして休業・利益の損失リスクといった、個人事業主が直面する主要なリスクを一つのパッケージでカバーできる保険です。
事業活動総合保険の補償の例
- 第三者への賠償責任(施設賠償、請負賠償、生産物賠償など)
- 事業用資産の損害(火災、風災、盗難などによる建物・設備の損害)
- 休業補償(事故や災害で営業ができない期間の利益の損失)
複数の保険を個別に契約する手間を省き、補償の抜け漏れを防ぎやすい点が大きなメリットと言えます。
2-4. 個人事業主の損害保険料の相場と保険料を抑えるヒント
損害保険料は、業種、売上規模、補償の限度額、事業所(店舗)の所在地や構造など、多くの要因によって大きく変動します。一概に「相場」を示すことは困難ですが、一般的に、高額な賠償リスクを負う業種や、店舗・設備への補償が必要な事業者は、保険料が高くなる傾向が見られます。
保険料の検討にあたり、以下のポイントを押さえることで、費用を抑えることが可能になる場合があります。
- 免責金額(自己負担額)の設定: 保険金支払い時に、契約者が自己負担する金額を設定することで、保険料を下げられる可能性があります。
- 不要な特約の削減: 契約内容を精査し、自身の事業に不要な特約を外すことで、保険料を削減できる可能性があります。
- 複数年契約の検討: 契約期間を1年ではなく複数年にすることで、割引が適用される場合もあります。
3. 【実務知識】個人事業主の損害保険料の経費・税務処理
損害保険に加入した後、個人事業主にとって重要なのが、支払った保険料の経費処理と、万が一保険金を受け取った際の税務上の取り扱いです。
3-1. 損害保険料の経費算入:勘定科目と仕訳の基本
事業活動に関連する損害保険の保険料は、原則として事業の経費として計上することが可能です。
勘定科目
損害保険料を支払った際の勘定科目は「損害保険料」を使用することが一般的です。
基本的な仕訳例(年間保険料12万円を普通預金から支払った場合)
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 損害保険料 | 120,000 | 普通預金 | 120,000 |
長期契約と「前払費用」の注意点
保険期間が翌期以降にわたる長期契約の場合、支払った全額を一度に経費にすることはできません。会計上、期末時点で翌期以降の期間に対応する未経過分の保険料は「前払費用」として資産に計上し、翌期に改めて経費(損害保険料)として振り替える処理が必要になります。
自宅兼事業所の場合の家事按分
自宅の一部を事務所として使用し、その建物の火災保険料を支払っている場合、保険料全体のうち事業に使っている割合を算出し、その割合分のみを「損害保険料」として経費計上します。この処理を「家事按分」と呼びます。
3-2. 【重要】保険金を受け取った際の税金(所得税)の扱い
損害保険金を受け取った際、税務上の取り扱いはその保険金が何を補填したものかによって異なります。
原則:非課税となるケース
事業用資産(建物、設備、什器、在庫など)が損害を受け、それを補填するために支払われた保険金は、所得税法上、原則として非課税とされます。これは、保険金が「損害を補填し、元通りに戻すためのもの」と見なされるためです。
ただし、損害を受けた資産が減価償却資産である場合、受け取った保険金で新たな資産を取得した際の課税の繰り延べ(圧縮記帳)など、税務上の特例規定が存在するため、高額な保険金を受け取る場合は、事前に税理士などに相談することが望ましいでしょう。
例外:課税対象となるケース(事業所得に算入される可能性)
以下のケースでは、受け取った保険金が事業所得などの収入として課税対象となる可能性があります。
- 休業補償保険金: 事故や災害で事業を休止した期間の「利益の損失」を補填するために受け取る保険金は、事業の売上や収益の補填と見なされるため、事業所得の収入金額に算入されることが一般的です。
- 賠償責任保険金: 訴訟費用や弁護士費用を保険金から受け取り、それが経費として計上されていない場合など、利益を補填する性質を持つと判断される場合は、税務上の確認が必要になることがあります。
損害保険金の受取は、金額や目的によって税務処理が大きく変わるため、慎重な対応が求められます。
4. 業種別:あなたに必要な損害保険を見つけるためのロードマップ
個人事業主が本当に必要な損害保険は、事業の内容や規模によって異なります。以下のロードマップを参考に、ご自身の事業リスクを棚卸し、適切な保険を検討することが重要です。
4-1. 業種別チェックリスト
事業の種類ごとに、特にリスクが高い損害保険の種類を把握しておくことで、効率的に保険の検討を進めることができます。
- ITフリーランス・Webデザイナー、コンサルタント
- 情報漏洩賠償責任保険(顧客情報、機密情報の漏洩)
- 専門職業人賠償責任保険(納品物の欠陥、著作権侵害、納期遅延)
- ネットショップ(EC)運営者、製造・販売業
- PL保険(製造物責任保険):販売した商品が原因で顧客に損害を与えた場合
- 店舗総合保険:商品在庫や販売設備の損害
- 建設業・一人親方
- 請負賠償責任保険:工事中の事故や建物への損害
- 業務災害補償:自身のケガや万が一の死亡に備える(労災保険の特別加入と併せて検討)
- 店舗・事務所を持つサービス業
- 施設賠償責任保険:店舗内での顧客のケガや所有物の破損
- 店舗総合保険:火災や水漏れによる店舗・設備の損害
4-2. 保険の具体的な検討手順
- リスクの棚卸し: ご自身の事業で「最も発生しやすいリスク」「発生した場合の損害額が大きいリスク」を特定します。
- 必要な補償の選定: 特定したリスクに対応できる損害保険の種類と、補償すべき金額(限度額)の目安を設定します。
- 具体的な商品比較と相談: 複数の保険会社のパンフレットやウェブサイトを確認し、補償内容、保険料、特約などを比較します。専門的な判断が必要な場合は、保険代理店やファイナンシャルプランナーなどの専門家へ相談することも有効です。
5. よくある質問(Q&A)
個人事業主の損害保険について、よく検索される疑問をQ&A形式でまとめました。
Q1. 損害保険料はすべて経費にできますか?
A1. 事業活動に直接関連する損害保険の保険料は、原則として経費(勘定科目:損害保険料)として計上することが可能です。ただし、自宅兼事務所の場合の建物や家財の保険料は、事業に使用している割合(家事按分)に応じてのみ経費に算入できます。また、生命保険や医療保険など、個人の生命や健康に関する保険料は、原則として経費にはなりません。
Q2. 賠償責任保険の「PL保険」と「請負賠償責任保険」の違いは何ですか?
A2. PL保険(製造物責任保険)は、「引き渡した製品」や「提供した飲食物」の欠陥が原因で発生した事故に対する賠償責任を補償します。一方、請負賠償責任保険は、「請負業務の遂行中」に発生した事故(作業中の物損や人身事故)に対する賠償責任を補償します。ご自身の事業が「モノを提供するのか」「作業そのものを行うのか」によって、必要な保険が異なります。
Q3. 損害保険金を受け取ったら、確定申告で申告が必要ですか?
A3. 受け取った保険金が「損害を受けた資産を元に戻すためのもの」(例:火災保険金)であれば、原則として非課税のため、所得税の確定申告で収入として申告する必要はありません。しかし、休業補償のように「事業の利益の損失を補填したもの」と見なされる保険金は、事業所得の収入に算入されることが一般的であり、その場合は確定申告が必要です。保険金を受け取った際は、その補償の目的を必ず確認することが大切です。
Q4. 自宅兼事務所で働いている場合の火災保険の注意点はありますか?
A4. 自宅兼事務所の場合、建物の火災保険を契約する際、「事業用」と「居住用」の割合を明確に申告し、契約することが重要です。事業用部分の割合を申告しないまま契約してしまうと、万が一事業用部分で火災が発生した場合、十分な保険金が支払われないといったトラブルにつながる可能性もあります。また、保険料の経費計上(家事按分)も契約内容に基づき行う必要があります。
Q5. 損害保険に加入する場合、補償限度額はどのように決めれば良いですか?
A5. 補償限度額は、事業で想定される「最悪の損害賠償額」を想定して決めることが望ましいです。特に賠償責任リスクは、賠償額が億単位に上ることもありえます。取引先との契約書で「賠償額の上限」が定められている場合はそれを参考に、そうでない場合は、ご自身の事業の規模、取り扱う情報の機密性、関わる作業の危険度などを考慮し、専門家と相談の上、慎重に設定することが大切です。





